卒業50年目 志賀島に集う(工業化学科昭和32年卒業)
「や− 久し振り元気か」「白くなったな−」「自分も薄くなったのに‥」等々の会話が弾み、握手・肩を叩きながらまずはお互いの息災を称えあう。
平成19年10月15日16時の約束時間に一人の遅参者も無く参加者全員が三々五々集合した。鹿児島本線千早駅(平成15年開業)平日で乗降客の少ない広々とした構内での一コマである。
昨年10月、関東近郊在住者が集まり中華街で食事をした。話題がクラス会のこととなり還暦時以降集まってない、卒業50年目を迎えクラス会を開催しようではないかとの提案があり嶋田幹事中心に福岡近辺での開催をサウンデイングすることとなった。年賀状を兼ねてのアンケートに始まり、希望の調査、出欠の確認を経て今回の開催となった。我々のクラス仲間38名の内、病気加療中、家族の介護あるいは今だ現役、等々の事情により直近で参加できなくなった者が意外と多くなり結局参加者は9名であった。
駅前より出迎えのバスに乗り、海の中道を通り宿泊先の「休暇村 志賀島」福岡市)へと向かう。
チェックイン後は早速に浴衣に着替えて玄海島(福岡県西方沖地震の被害地)の向こうに沈む夕日を眺めながら露天風呂で疲れを癒す。
懇親会では、休暇村心づくし料理に舌鼓を打つ、みんな健嘆である。お酒のまわりと共に餞舌振りを発揮、卒業アルバムを見ながら在校時代(35周年の久原房之助翁の胸像除幕式、ガス発生装置の完成等があった)の恩師のこと、授業のこと、仲間のこと等々、また半世紀を過ぎて時効となり解禁になったであろう事柄などセピア色の思い出を大いに語った。筆舌に尽くしきれぬほどに盛り上がった。今回、ご多忙のためにご出席いただけなかった時政・市川両先生の丁重なるお手紙、資料を披露があり、ひと時を思い出に浸った。
また、現役時代の苦労話、近況の話等々で瞬く間に時間が経過、二次会に持ち越す。部屋での二次会もさすが「友愛正義」の校風のもと乱世を強く生きぬいた面々、深夜まで経験談、エピソードを語り明かした。腹蔵なく、主義・主張の壁もなく胸襟を開いて語り合えるのはクラスメートであろうと思う、これからも大切にしていきたいものである。
翌朝も好天に恵まれ、マイクロバスで半日の市内観光に出掛ける。金印公園を車窓から眺めながら、Yahooドーム、福岡タワーのある臨海地区を一巡りした後、山笠で有名な櫛田神社、引き続き学問の神様太宰府天満宮(少し遅すぎたか・・・)に参拝した。引き続き近くの九州国立博物館へ、本願寺の秘宝展をみる者、またはパイヨン遺跡の紹介ビデオを鑑賞して格調高い?時間調整。参道で名物の「梅が枝餅」をほうばり腹ごしらえ、半日の観光を終えて博多駅へ。
博多駅にて家族へのお土産を購入、次回の再会を約して銘銘帰路に着いた。
何年経っても母校への思いは変わらない、「甲子園のスタンドで校歌を歌おう」との希望があったことも申し添えておく。 吉村記
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卒50年志賀島に集う |
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